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無重力空間

しがないじゃにおたのひととき

自分的じゃにおたとしてのスタンス

「人は“完全に”分かり合えることはない」

ーこれは私が大好きなアーティストの方が、かつて某雑誌の連載で書き記していたフレーズです。

この“完全”というワードは、「絶対という言葉はない」の“絶対”に近いものだと、その方は著していました。

理由事体は難しいように思えて結構簡潔で、「他人は自分じゃない」から。喜び、怒り、悲しみ、etc…本当の感情に出会った時、こういうことを改めて実感すると。

 

こうやってブログやTwitterなどのSNSでは、言葉を選んで文章で表現して感情も出すので表情が見えない分、受け取る側に委ねられる部分が大きいですよね。それに、相手に対面して言葉で伝えるのと文章で伝えるのとでは、伝わり方が後者の方が実際何割も低くなるという話。

一人の人間として、先程のフレーズを念頭に置いた上で周りの人達と関わっていく事は至極大切だな、と思っています。

 

 

そんな話を前置きとして書き連ねた上で、今回のタイトルに因んだ話をします。

先に言っておきたいのは、もちろん今回書くことがどれだけ伝わるかは受け手次第なことは十二分に承知しているし、私自身の考えを誰かに共感してもらいたい、今後こうしてくれ、と押し付ける気持ちは一切ありません。

こういう考えの人もいるんだな、程度にさらっと読み流してもらえればそれで十分です。

 

 

長年このフィールドにいると、じゃにおたもいち人間な訳で、本当に十人十色だなと感じることが多々あります。それはまた、ジャニーズを好きでいる環境において、自分の中で変わらずに持っているスタンスに対しても言えることだと思います。

私自身はどうだろう…と考えた結果、「視野を広く持つこと、相手のマイナスな部分も含めて見ること」ということに辿り着きました。

以前の投稿でじゃにおたになったきっかけを話した際にも少し触れているので、多少重複してしまう部分があるかとは思います(添付記事参照)。

 

mt2s-84.hatenablog.com

 

この記事にも登場する地元の同級生ですが、Jr.だとこの人、デビュー組のこのグループだとこの人…と、本当に幅広くジャニを見ているタイプでした。彼女のスタンスに全然抵抗はなかったし、寧ろ当時じゃにおた初心者マークであった私には彼女から色々な話を聞くことが凄く楽しくて、反対に話している彼女も非常に楽しそうだったので、こういう楽しみ方いいなと思ったのを記憶の片隅に覚えています。

 

そんな彼女の影響も少なからずあることと、自分の性格もあってか、『担当』ばかり、『担当』だけを追うということは、十数年じゃにおたをしている中でないに等しいと思います(最近あまり担当という言葉で括るのを避ける傾向にあるのですが、言葉を選ぶ段階で分かりやすいと思ったので敢えて使います)。

私としては『担当』だけでなくて、彼らが立っているステージを、そしてその空間全体を五感を使って感じて楽しみたいと思うタイプの人間です。特定の人だけにフォーカスを当てて、周りの人や取り巻く空間を狭めるのは凄く勿体ないことをしているな…と感じてしまうんです。

 

あと、おたくも人間であれば当然ジャニーズも人間なわけで、それぞれプラスマイナス両方の部分を持っています。プラスの面だけを見るのではなく、マイナスの面も知った上で応援したいという気持ちを持っています。マイナスなところをどうやってプラスにしていくのか模索する彼らを見るのが好きなんだと思います。

『担当至上主義』と形容するのは結構大袈裟に受け取れるのですが、相手のプラスな部分ばかりを見て対する部分を除外しているタイプの方には、私のこのような考えを理解してもらうことは難しいかもしれません。

 

 

もちろん、私がこうやって長々と表している極論に近い見解には入らない方がいることも分かっている上でこの記事を書いています。

完全に個人的事情ではありますが、ここ最近自分の中でどうしても気になるというか、腑に落ちない感覚があって考えあぐねるうちに、気付いたらパソコンの電源を入れここを開いていた、という経緯(いきさつ)です。

 

それでは、また次の更新で。